太郎の著作/靴を忘れた新手冷乱
序文(Q*大寮内機関紙「田島」掲載)
   この探偵小説は、私の友である幸奈河零士君が中学3年生のときに書いたものである。当時、私達は探偵小説に熱中しており、内外の作品を読みあさっていた。私達の好みは、いわゆる本格物で、ハードボイルドなぞは、はなから相手にしなかった。
   しかし同じ本格好みといっても、2人の間には違いがあった。私が小栗虫太郎の「黒死館」や夢野久作の「ドグラ・マグラ」などのいわば本格中の変格といった作品も認めていたのに対し、彼はあくまでもクイーンやクリスティといった純本格物しか認めようとしなかった。この違いが、一方を文学部に行かせ他方を某工業大学の数学科に行かせたのだろうか――。
   それはともかく、彼は探偵小説を一種のパズルとみなしていた。この考えを実践したのが、この作品といえよう。論理性を重んじる彼は、本筋とは関係のない文章はできるだけ省くべきだと考えていて、この作品にもそれが現れている。あまりに味もそっけもない文章で、私が手を加えようかとも思ったのだが、あえて原文のままにしておいた。私などが手を加えて作品から当時の彼の意気込みが消えるのをおそれたからである。
   探偵小説にひたっていたあの頃を懐かしみながら。
1981年1月 酒井博久

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